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名称 |
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石見銀山遺跡とその文化的景観 |
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ふりがな | : |
いわみぎんざんいせきとそのぶんかてきけいかん |
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構成資産 |
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銀山柵内、代官所跡、矢滝城跡、矢筈城跡、石見城跡、大森・銀山、宮ノ前、熊谷家住宅、羅漢寺五百羅漢、石見銀山街道鞆ケ浦道、石見銀山街道温泉津・沖泊道、鞆ケ浦、沖泊、温泉津 |
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登録基準1 |
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登録基準2 |
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16世紀~17世紀初頭の大航海時代には、石見銀山の銀の大量生産は、日本と東アジアやヨーロッパの貿易国との間における重要な商業的文化的交流をもたらした。 |
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登録基準3 |
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日本の金属採掘・生産における技術的発展は、採掘から精錬にいたる一連の技術を含んだ小規模な労働集約型経営に基づく優れた運営形態の進化をもたらした。江戸時代において、日本が政治・経済活動において諸外国と自由な関係を持たなかったことは、産業革命において発展したヨーロッパの技術の導入を遅らせたが、このことは商業的に価値を持つ銀鉱石の枯渇と連動して、19世紀後半のこの地域の伝統的技術に基づく鉱山活動を停止させ、結果的にその生産活動に関する考古学的遺跡を良好に残すこととなった。 |
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登録基準4 |
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登録基準5 |
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石見銀山遺跡にほぼ価値を減じることなく残っている鉱山・製精錬の遺跡・街道・港湾施設などの銀生産に関わる豊富な痕跡は、現在では再び山林景観に広く覆われている。その結果、「残存する景観(relict landscape)」は銀生産に携わった人々の集落を含み、顕著な普遍的価値を持つ歴史的土地利用を劇的に証明している。 鉱山活動に伴う当時の土地利用を示す資産の構成要素は価値を減じることなく残存しており、個々の資産の有機的な結びつきは当時の土地利用形態の総体を示している。それらは、豊かな山林とともに、現在、地域における生活や生業の一部となっており、文化的景観としての完全性は維持されている。銀生産から船積みに至るまでのすべての過程を示す資産の構成要素は、良好に保存されており、高い真実性が保持されている。鉱山町では、意匠・材料・技術・機能・位置・環境の面で真実性を保持しながら厳密に維持・修復された17世紀から20世紀の伝統的木造建造物群が残っている。 この資産とバッファーゾーンは国内法及び市の条例に基づき適切に保護されている。この資産の包括的な管理(システム)は、戦略的保存管理計画に基づき履行されている。モニタリングは毎年実施される。 |
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登録基準6 |
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所在都道府県 |
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島根県 |
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所在地(市区町村) |
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大田市 |